華

鮮やかな色と香りに包まれた店内から溢れ出した花が、歩道にまで並べられている。 細かな滴が申し訳程度に降っていて、花にとっては適度な水分が心地よさそうに見えた。 意識的に歩調を緩めて、そのたくさんの花を眺めながら歩く。 そのうちの一つ、赤い小さな花に目が留まり、立ち止まって眺めてみた。 名前は何というのかわからないが、綺麗だと感じる。 そんな自分が、花に興味などないことも知っていたが。 「買うんですかぁ？」 後ろから後輩の女性が覗き込んできた。いつの間に、と思ったが、 会社近くの花屋なのだから、見つかっても文句は言えない、と思いなおす。 「いや」と言って歩きだそうとすると、「あー、私この花家にありますー」と後ろから声。 その瞬間、自分はこの花をこの先も買うことはないだろう、と思ってしまった。 始めから、買うつもりなんてなかったのに。 「先輩、花が好きですか？」 花屋から会社までの道にはもう店がないため、自然と２人で帰る流れになってしまった。 傘をさした人間が歩道に２人、という迷惑な状況に多少の抵抗を覚えたが、 昼休みの時間なのでそこまで気にする必要もないかと自分に言い聞かせることにする。 「そうでもないけど」 頭では違うことを考えながら、先ほどの彼女の質問に答えを返した。 「またまたぁ、照れないでくださいよぉ」 「別に…」 「うちー、実家が花屋なんですよぉ、だから花とか部屋にもあるんですけどぉ」 何の話だかわからないまま、相槌だけ打ちながら歩く。 会社までは数分とかからない距離だというのに、必要以上に時間が長く感じられた。 「先輩、これ私のケータイです」 携帯電話がどうしたんだ、と横を見ると、「赤外線ー」と言いながら画面をこちらに向けられた。 「赤外線？」 「出来ないんですかあ？貸してくださいーやってあげます」 手を差し出されて、しまった、と思い会社との距離を見る。まだ携帯電話を取り出すには十分な距離だった。 「いや、ついてないよそんな機能」 赤外線機能がついているかどうかなんて覚えていなかったが、 これで逃げられないだろうか、と考えながら横断歩道まで少し足早に歩く。 信号は青だ。 「あ、先輩ー、嫌なんでしょお？」 「いや、そうじゃなくて」 「じゃあ番号言ってください」 「ほら、信号、青だから」 「もう赤になっちゃいますよー、ほら」 歩行者用信号の青い光が点滅を始めて、 あ、と思った時にはもう赤い色に切り替わった。 待ってました、とばかりに目の前を横切って行く車。 「ね？」と、得意気に笑う後輩の女。 なぜだろう、唾を吐いてやりたくなったが、こんな時に俺は、笑えてしまうのだから。 この時に初めて聞いた彼女の名前を 確かに携帯電話に打ち込んだのだが、 自分は多分、明日には忘れてしまうのだろう、という予感があった。 きっとあの店で見た赤い小さな花のことも、 明日には忘れているのだろう。

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