Link13
side:Takumi
愛海が何を考えているのか、この時は俺ですら読み取れなかった。
小野寺さんの腕を取り、愛海と彼女は楽しそうに一番先頭を歩いて行く。
完全にこの状況に戸惑った俺とあとの５人は、わずかに遅れてそれについて行くしかなかった。
柴田が、何とも言えない複雑な表情で黙然と歩いて行く。
彼としては、愛海に会いたかった気持ちが大きいのだろうけれど、テスト前のあの日のことがあるから色々と思うところがあるに違いない。
その後ろを、顔を見合わせてから片桐さんと向井くんがついていく。
２人は何も言わなかったけれど、それでも愛海に対して疑問を抱いているのは明白だった。
そうして、自然と最後に俺とあの子が取り残される。
意図せずに隣に並んでしまってから、彼女は少しだけ困惑したような表情を見せた。
だけどそれも一瞬のことで、すぐに気持ちを持ち直したようだ。
顔をまっすぐあげてから、わずかにこちらを振り返る。
…それから、少しだけニコリと微笑んでみせた。
その笑顔に…テスト前に最後に会った彼女の、作り笑いと同じものを感じ取ってしまう。
「先輩、浴衣なんですねー」
「え？あ、うん」
短く答えると、彼女は「かっこいいです」と笑って付け足して、再び前を向いた。
そう言う彼女の方も、今日は浴衣姿だった。
白い花を咲かせた赤地の浴衣で、明るい彼女にはよく似合っている。
だけど…そんな彼女が浮かべる笑顔には、やはりこの前と同じ違和感を感じてしまって…。
一言で言うと、何か「壁」のようなものができた気がする。
それも…自業自得だとわかっているけれど……。
「…どうだった？テスト」
何か話題を、と思ってそんな話を振ると、彼女は「うーん」と少し考えてから笑う。
「まぁまぁ、です。でも多分いつもよりはできたかな」
「そう」
俺がそう短く答えた時、前を歩いていた愛海が「ハルカちゃんー」と振り返った。
「チョコバナナ食べない？じゃんけんで勝てば一本おまけしてくれるって」
「あ、食べまーす」
愛海の声に、彼女は挙手しながら笑顔で足早にそちらへ向かう。
その後ろ姿を見送って、俺はふと「不思議なものだな」と漠然と思った。
俺が言えたことじゃないけれど、愛海と彼女の互いの立場は複雑なはずだ。
でも彼女は愛海を嫌っている素振りもないし、むしろ好意的なようにも取れる。
愛海に至っては好意的である以上に、かなり彼女のことを気に入っているようだ。
…そう言えば前に、言っていたっけ…。
『あの子見てると、数年前の私見てるみたい』と…。
愛海が彼女をかわいがっているのは、それも理由なのかもしれない。
「え、春日先輩、２本とも食べるんですか？」
どうやらじゃんけんで勝ったらしい。チョコバナナを２本持って両方頬張るつもりの愛海に、小野寺さんが苦笑い気味に声をかけた。
「え？うん。ダメ？」
「いえいえ、ダメじゃないですけど…普通、カップルだったらああいう感じかな、と」
言いながら小野寺さんが指差したのは、向井くんと片桐さんの２人だった。
じゃんけんで勝って２本もらったらしい向井くんが、片方を片桐さんに手渡しているところだ。
「まぁ、うちら別にカップルじゃないけど」とサラリと片桐さんは受け流す。
その様子を見てから、愛海は大きく首を振って見せた。
「嫌よ。私のものは私のものだもの。食べたきゃタクミだって自分で買うでしょ」
「…いらないよ」
珍しくまるで子どものような言い方をする愛海に、俺は苦笑い気味に答えた。
…恐らく、これは愛海が気を遣っているだけだ。
あの子の前で、俺とカップルらしいことをしないように、と…。
俺たちのやりとりに笑った小野寺さんは、自分もバナナを口にしながら「あ」と急に声をあげた。
それに首を傾げた愛海の浴衣の袖を、クイと引っ張る。
「先輩、あっちにおっきい笹がありますよー。お願いごと書きに行きましょうよ！」
「あ、ホントだ。おもしろそう」
同じように目を輝かせて、愛海も小野寺さんと再びスタスタと歩き始めた。
…この２人のテンションの高さについていくだけで、今日は疲れそうだ。
同じことを思っていたのか、柴田がため息まじりに２人の後ろをついていくのが見えた。
「…タクミ先輩」
俺も歩きだそうとしたところで、隣から声をかけられる。
いつの間にか傍に戻ってきていたあの子が、そこにいた。
「はい、先輩の分」
差し出されたのは、彼女が勝ち取ったらしい２本目のチョコバナナだった。
「え」とわずかに目を見開くと、彼女は少し慌てたように続ける。
「せっかくじゃんけんで勝ったんですけど、２本も食べられないから…」
そう言った彼女の言葉に、断るのも逆に失礼だと思った。
だから笑って、「ありがとう」とそれを受け取る。
その瞬間、少しだけ安堵したような表情で…彼女はニコリと笑ってみせた。
それは…この前とさっきまでとは違う、いつもの微笑みだった気がした。
だけど彼女は、すぐに愛海たちの後を追って小走りに駆けて行ってしまう。
だからその笑顔の裏の感情を、それ以上読み取ることはできなかった。
「くだらない」と呟いていた柴田でさえも、いざ短冊を前にしたら何か真剣に願いごとを書いていた。
大きな笹には、訪れた一般客がそれぞれ書いた短冊を吊るせるようになっている。
「片桐、お願いごと何にした？」
短冊を吊るして笹の前で全員で手を合わせた後、歩き出した頃に向井くんが片桐さんにそんなことを尋ねていた。
「内緒」と答えた片桐さんは、意味ありげな表情で笑う。
「言ったら叶わなくなるでしょ」と。
「春日先輩は？何お願いしました？」
小野寺さんが、愛海に尋ねる。
「もちろん、『志望校合格！』」
「うわー、現実的」
力いっぱい答えた愛海に、小野寺さんがキャッキャと笑って手を叩いた。
「ねぇねぇ、一真はー？」
そのまま柴田の方を振り向いて小野寺さんが聞くと、彼は無表情のまま「さも当然」と言わんばかりに答える。
「世界征服」
「……うん、なんか君はもう色々ツッコミどころ大有りだね」
さらりと答えた柴田に、小野寺さんはそう言ってガクリと肩を落とした。
そんなやりとりに、向井くんと片桐さんが声をたてて笑う。
七夕祭りは例年通り盛況らしく、人の流れに乗るとそのままどこかへ連れていかれそうなほどだった。
屋台の数も数え切れないほどだし、商店街の各店が出した巨大な七夕飾りも目を奪うほどのものだ。
何を食べるにもどこの屋台にするか迷うほどだったけれど、何故か混雑する屋台というものが存在する。
同じ「焼きそば」を売っていても、客が一人もいないところもあれば行列ができるほどの店もあった。
「あそこのお好み焼き食べたい」
しばらくしてから愛海がそんなことを言って指差したのは、それなりの行列ができた屋台だった。
口コミか何かで広まるんだろうか？３軒隣のお好み焼き屋は全くの無人なのに…。
「タクミ、並んできてぇ」
「……」
言うと思った。
目を細めて愛海を見やると、合掌してわざとらしく目を潤ませてこちらを見る。
「あ、先輩、私の分も！」
今日は愛海の言動に乗っかることにしているのか、遠慮もなく小野寺さんが「はいはーい」と挙手してそう言った。
「じゃあ俺も」
と、この中で一番理解がありそうな向井くんまで、ニッコリと笑う。
「それなら私と一真の分も」
片桐さんまで、そう言いながら財布から小銭を出してきた。
…この年になって、下級生にパシリ扱いされるとは思わなかったな。
「…はいはい」と妥協して、手渡された小銭を受け取りながら俺は苦笑い気味にため息を漏らす。
そんな俺に小野寺さんが、先を指差して言った。
「あっちに、ちょっとした休憩所みたいなところがあるんです。そっちで待ってますね」
「わかった」
軽く頷いて、俺は片手を上げて踵を返した。
歩き出そうとしたところで、クイと袖を引っ張られる。
「？」
何事かと思って振り返ると、あの子が少し申し訳なさそうな顔をしていた。
「すみません、先輩。皆が調子に乗っちゃって…」
先の休憩所へと歩き出した皆を見やって、彼女はそう言う。
「私も一緒に並びます」
続いた彼女の申し出に、俺は一瞬目をみはった後、笑ってみせた。
「大丈夫だよ。皆と先に行ってて」
「でも…」
「すぐに追いつくから」
重ねて言うと、彼女はそれ以上言うのも気が引けたのか、「……すみません」と深く頭を下げる。
それから身を翻すと、急いで５人の後を追いかけた。
「……さて」
角にあるそのお好み焼きの屋台は、隣の路地沿いにまで並んでいた。
その最後尾について、順番を待つ。
意外に時間のかかりそうなそれに、小さく息をついた。
******
「…？」
結局、順番が来て買えたのは２０分後くらいだった。
ましてや注文した数が数なので、さらに待たされてしまって…。
お好み焼きの入った袋を手に指定された場所に行くと、そこで待っていた皆が何やら騒然としていた。
「どうかした？」
愛海にそう聞くと、小野寺さんが慌てた表情でこちらを振り返る。
「ハルカが、いないんです！」
「……え？」
聞き返して眉を寄せると、小野寺さんよりは少し冷静な片桐さんが続けた。
「ここへ来る途中、一度私たちに追いついてきたんですけど…その後、急に姿が見えなくなって」
「携帯も通じないんですよね…」
向井くんも、心配そうな顔で言う。
「大丈夫だろ」
柴田だけは平然としている。そう言いながら、彼は無表情のまま続けた。
「待ち合わせ場所はわかってるし、子どもじゃねぇんだ。下手にこっちが動く方が混乱する」
「でも……」
柴田の言うことも尤もだけれど、小野寺さんは尚も心配そうに眉を寄せる。
「ここの祭り会場、にぎやかだけど一本裏路地に入っちゃえば真っ暗だし…」
「最近変質者も多いって聞くしね」
片桐さんも頷いて同意し、俺はその瞬間にドクンと胸の中で何かが跳ねるのを感じた。
嫌な予感…とか、そういう類のもののようだった。
「…っ」
持っていた袋を愛海に押し付けて、俺は何かを考えるより早く身を翻していた。
「ちょっと、タクミ…！」
驚いたような愛海の声を振り切って、俺は人ごみの流れに逆らうようにそれを掻き分けながら、元来た道を急いだ。