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「…ん……っ」
自分でも、思ってもみない声が出た。
「…せん…っせい、やっぱりちょっと待…」
近づいてくる先生の手を押し戻して、部屋の中には私の声だけが響く。次に来る刺激と感触を想像しただけで、身が竦んでしまいそうだった。
「大丈夫だから、力抜け。力んでると痛いぜ」
目の前の先生は、左手を私の後頭部に添えながら言う。その目は真剣そのものだったので、私はもう一度息を止めてぎゅっと目を固く閉じた。
…ただ、この状況で力を抜いてリラックスするなんて絶対無理だ。
先生の部屋の、ベッドの上。足を投げ出している先生の向かい側に、私は正座をして座っていた。太腿の上で握った拳には、キュッと力をこめる。そうするとまた全身が固くなった。
「…お前なぁ…」
苦笑い気味に言いながら、先生の右手が私の耳に触れる気配がした。
「…ひゃ…っ」
まだ触れられたわけでもないのに、瞬時に想像してしまっただけで声が出る。
「……分かった、今日はやめよう」
フーっと息を吐き出しながら、先生がスッと私から離れた。逃げ腰で緊張しまくっていた私は、そんな言葉に「えっ」と少し焦る。
「だ、大丈夫ですから！ ただちょっと心の準備が…」
「そんな無理してすることじゃねぇだろ」
先生は立ち上がりながら、持っていた氷の入っていた袋と四角い器具を放り投げた。それは、今日私が持ってきたピアッサーだった。
「…でも…」
確かに氷で耳たぶを冷やされただけで緊張に身を竦めた私が悪い。でも、ピアスを開けたいのは本当なんだ。
早く穴を開けて、先生にもらったピアスを付けたい。それでも…痛みに弱い私は、そのピアッサーが自分に刺さることを想像しただけで緊張してしまって勇気が出なかった。
皆自分でやったり友達にやってもらったりしているらしくて、私はそれを先生に頼んだ。自分で穴を開けるなんて、考えただけでも倒れそうだったから。
「大体、そこまでして何で開けたいんだよ。怖いならやめとけ」
ベッドにそのままゴロンと身を沈めながら、先生は言った。天井を見上げながらの言葉に、私は「…だって…」と口ごもる。
「ピアス、かわいいんだもん…」
「あっそ」
…先生、冷たい。あまりにも私が思い切れなさ過ぎて、呆れてしまったんだろうか…。
「…何」
寝転んだ先生の上から、私はその目を恐る恐る覗きこむ。片目を開けて私を見つめ返した先生が、そう尋ねてきた。
「…先生、怒った？」
「何で」
「呆れた？」
「別に」
私が怒られた後の犬のようだったのか、不安そうな目をしたせいで先生は答えながらプッと吹き出す。それから、微かに笑った。
「別に怒っても呆れてもねぇよ」
そんな言葉に、私は少しだけホッとする。
「…先生は、開いてるんですよね、ピアス」
上から先生の耳元に目をやると、左耳だけに今はもう使われていない穴があった。確か、大学時代まではピアスをしていたんだとか…。もちろん教師になってからはつけていないらしいけれど。
「……お前って結構天然だよな」
「…え？」
先生の言った意味がわからずに、私はその顔を覗きこむ。
「…あ！」
あまりにもその顔がごく至近距離にあって、私は慌ててそこからパッと体を起こした。仰向けに寝ている先生の耳元を見つめていたから…自分でも気づかないうちに覆いかぶさるような態勢になってしまっていた。無意識のうちとは言え余りの大胆さに真っ赤になりながら、私は自分でも驚いてしまった。
「何で離れるんだよ」
同じように身体を起こした先生が、グイと私の手を引く。強い力に引き寄せられた瞬間、次にはもう唇を塞がれていた。
「……っ」
キュッと閉じた唇に、先生のそれが重なる。押し当てるだけのキスなのに、ゾクリとした感覚が背筋を通った。
そしてやがて、緊張の余り閉じた唇を舐め上げられる。
「…んっ」
思わず開いた私のその隙を見逃さず、先生の舌が中に入りこんできた。
夢中で応じると、舌と舌が絡まる。呼吸をうまくできないのは依然変わらずで、私は深いため息のような息を吐いた。
「んぅ…」
次第に深くなるそれに、時折唇を吸われる。それが痺れるような感覚を呼び起こし、私はもう頭では何も考えられなくなる。疼くように腰の辺りがビリと震えるのが自分でもやけに恥ずかしかった。
角度を変えて、何度も何度も繰り返す。頬に添えられていた先生の左手が私の後頭部に回されると、更に引き寄せられた。
「…は…ぁっ」
たまに漏れる声が、自分のものじゃないみたいだ。先生のキスは、いつでも私を私じゃなくさせる。目を固く閉じて溺れるように夢中になっていたその時…、やがて、無機質な音が部屋に響いた。
―カシャン
「？」
その音を認識した瞬間に、ピリとした小さな痛みが走る。思わず呆けて目を見開いた時、先生が私から唇を離した。
互いの間に銀色の糸が引いて、それをグイと拭う姿はどこか野生的で目を奪われる。
「そんなに痛くねぇだろ？」
不敵に笑った先生は、手にしていたピアッサーを持ち上げてみせた。「え」と目を瞠って自分の左耳に触れると、そこには耳たぶを貫通したピアス。
……いつの間に……。
「ほら、あっち向け」
そのまま先生は、右耳にも開けようと私の首の角度を変えようとする。もう一つのピアッサーを手にされて、私は慌てて首を振った。
「ちょ、ちょっと待って…」
「なんだよ、またかよ」
苦笑いしながら先生は私の耳たぶに氷をおしつける。冷たい感覚に「…ひゃっ」と声を上げると、先生はもう一度意地悪く笑った。
「なんならもう一回初めからしてやろうか？」
「……っ」
最初の時のように身を固くした私だったけれど、今度のそれはピアスを開けることへの恐怖だけではなかった。…恐らく、あの溺れるようなキスへの緊張もあるのだろう。
「…先生…面白がってません？」
「ん？ いいや」
答えた先生だけれど、笑った顔で言われても説得力なんてない。
「……」
吐息まじりに観念して、私は再びギュッと目を瞑る。そんな私の頬を両手で包みこみながら、先生はもう一度キスをした。