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side:Haruka
「……え？」
「はぁっ？」
「ホントに！？」
結局授業を終えてから迎えに来てくれた４人が示した反応は、全く様々なものだった。
さっきまでのタクミ先輩とのやり取りを話し終えた私を、４人が一様に凝視する。
華江はただ目を見開いて。
向井くんは無言でニッコリ笑って。
真帆は、驚いたように大声を上げて。
そして一真は……思いっきり眉を顰めて。
その反応を目の当たりにし、私はニコニコとさっきまでとは打ってかわった表情で見つめ返す。
華江が持ってきてくれた鞄を受け取りながら、「えへへ」と照れ笑いを浮かべた。
「良かったね！ハルカ！！」
驚きから一番に立ち直った真帆が、私の手を取ってそう嬉しそうに言ってくれる。
いつでも本気で私の心配をしてくれていた真帆と華江は、自分のことみたいに喜んでくれているようだった。
「うん」と頷き返すと、それを隣で一真が「けっ」とかなんとか悪態つくように鼻であしらっている。
「何が『良かった』だよ。ほんのさっきまでは俺に…」
「あーっ！！！それは言わない！！」
一真にすっかり弱い部分を見せきってしまっていたことは、自分でも真っ赤になるくらい思い出しても恥ずかしい。
しかも妙な言葉を口走ってしまった自覚もある。
だからこそ自分でもいたたまれなくなって、私は慌てて一真の口を塞いだ。
そんな私たちの様子を不思議そうに見やる３人に、「へへ」と適当に笑ってごまかしてみせる。
深追いをすると面倒だと思ったのか、意外にも真帆たちは特に突っ込んで何かを尋ねてくることもなかった。
ただ「あ、でもそれじゃあ」と華江が何かに気づいたように声を上げる。
「せっかく付き合うことになったんだったら、今日一緒に帰ったりしないの？」
華江の問いに、真帆が「あぁ」と横で頷いてみせた。
「そうだよねぇ。そういうとこ重要だよね、女子高生としては！」
いつだって恋愛体質で漫画のようなシチュエーションを夢見ている真帆は、力いっぱい同意してそう続ける。
使わせてもらったベッドを簡単に整えながら、私はそんな２人を見比べて答えた。
「うん、先輩も具合悪いんだったら家まで送ってくって言ってくれたんだけど…」
「『けど』？」
一真が眉間の皺を深くして、私の言葉尻を繰り返す。
「体調もよくなったし、一真が授業終わったら皆で迎えに来てくれるって言ってたから…」
「えっ、断ったの！？」
この上なく驚いたようで、真帆がびっくりするくらいの大声を上げた。
「…え、うん…」と思わず弱気になりながら肯定すると、真帆だけじゃなく華江まで大きくため息を漏らす。
「そこはさぁ、ハルカ、彼氏に甘えるとこでしょ！？」
抗議するような真帆に肩を掴まれながら迫られ、私は気迫に負けて何だかよく分からないまま「ごめんなさい」と謝ってしまっていた。
「…まぁ、そこで恋愛一直線になって友達放り出したりしないところが夏川の良さかな」
それまで黙って私たちのやり取りを眺めていた向井くんが、床から立ち上がりながら笑う。
「今から急げばタクミ先輩だってまだ帰ってないだろうし、間に合うんじゃない？」
華江まで、苦笑気味にそんなことを言った。
…呆れているわけではなく、私の頭の固さに苦笑いを漏らしたようだ。
「でも…」
言い淀んだ私に、真帆は「あぁーもうっ」とドンと背中を押して促した。
「行っといで！うちらは別にこのまま４人で帰ればいいしさ」
「そうしろそうしろ。変に気遣われても気持ち悪ぃ」
真帆に同調するように言った一真が、自分の鞄を持ち直しながら立ち上がる。
ちょうどその時、私の後ろで真帆がポンと何かを思いついたかのように手を打った。
「そうだ、駅前のボウリング今日カップルで行くと半額じゃなかった？ちょうど２対２だし、寄って行こうよ」
真帆がそんな提案をすると、一真が思い切り顔を顰めて見せた。
「ちょっと待て。カップルってどういう組み合わせだよ」
「えー、別に男２女２で行けばどういう組み合わせかなんて関係ないよ」
「そんなこた分かってるけどよ、なんか納得いかねぇだろ！？」
「えー、一真めんどくさいー。そりゃ向井と華江はカップルだろうから、私と一真がカップルごっこするしかないじゃん」
「…やっぱり俺、納得いかねぇ」
「ホンットめんどくさいなぁキミは。別に誰も本当に付き合ってるかなんて興味ないって」
いつも通り始まった真帆と一真のやり取りに、私は思わず吹き出してしまう。
恐らく、こんな軽口の応酬も私に気を遣わせない為にしてくれてることなんだろう。
そう思うと、私は自然と笑って甘えることができた。
「ありがと、皆。また明日ね」
「うん、気をつけてね」
華江と向井くんが笑って言いながら、見送ってくれる。
まだ何かいがみ合いながら（私にはじゃれ合いにしか見えないけど）、真帆と一真も「早く行け」と言わんばかりに手をヒラヒラと振ってみせた。
******
保健室を後にしてすぐ、廊下で保健医の先生に出くわした。
もう随分体調が良くなったこととお礼を言って、挨拶をして別れる。
そうして長い廊下を抜けて、私は鞄を持ち直しながら「さてどうしようか」と足を止めた。
ＨＲを終えて３０分は経っているから、恐らく先輩はもう教室にはいないだろう。
行くだけ無駄かもしれないと判断して、私はそのまま足を数学準備室の方へ向けた。
いつもの通りなら、先輩はそこへ行っている可能性が高いと思ったから…。
一番近くにある階段を、私は足早に上がる。
最近はすっかり訪れることもなくなっていた数学準備室の前で、一つ深呼吸をした。
そしてそれから、軽くノックをする。
「どうぞ」と返ってきたのは当たり前だけれど名取先生のもので、その声に促されるままに扉を開いた。
「おぅ、夏川か」
何やら書類を片付けていたらしい先生は、顔を上げてこちらを一瞥しながらそう声をかけてくれた。
「お前、具合悪かったみたいだけど大丈夫なのか？」
続いた先生の言葉に、そういえばさっき休んだ授業は名取先生の数学だったことを思い出す。
「はい、貧血だったんですけどもう大丈夫です」
笑って答えると、先生は「そうか」とだけ答えて再び手を動かし始めた。
そんな先生から周囲へと視線を移して、私はさほど広くはない数学準備室をぐるりと見渡す。
そこに、先輩の姿はなかった。
予想が外れたことにがっかりした瞬間、名取先生がその思考回路を読んだかのようなタイミングで口を開いた。
「准一なら今日は来ねぇぞ」
「…そうですか…」
「俺が今日はもう帰るから、ここ使えねぇって言ってあるから」
返ってきた答えに、確か前にもこんなことがあったな…と漠然と思う。
「先生もう帰るんですか？今日は早いんですね」
いつもなんだかんだで遅くまで仕事しているから、ＨＲ後にすぐ帰ってしまうことが意外だった。
尋ねると、先生は大きな鞄に書類とノートパソコンをしまいこみながら「あぁ」と小さく頷く。
…持って帰って家で仕事をする気のようだ。
「午後から病院に付き添いなんだ」
「え？」
「うまくいけばそろそろ性別が分かるらしくてな」
何でもないことのように言ってのけた先生の言葉が、頭の中を数回駆け巡るような感覚に襲われる。
そうしてその意味が理解できた時には、私は「えぇ！」と大声を上げてしまっていた。
「赤ちゃんの性別、分かるんですかっ？」
「だから、うまくいけばな」
念を押すように言って、先生は持ち帰る物を鞄に詰めた後、机の上の残された書類を片付け始める。
「先生、分かったら教えてね」
「…あぁ」
短く返事をして返した先生は、そこでふと顔を上げた。
それから、その視線が私の顔を少しだけ探るように眺めていく。
「？」
その視線にわずかに首を傾げてみせると、先生は再び書類に目を戻しながら言った。
「いやに機嫌いいけどよ、なんかいいことあった？」
手元にあったボールペンで何やら紙に文字を連ねながら、そう尋ねてくる。
…いや、「尋ねる」というよりは、先生の声音は「確信」に近かった。
「そういや最近ここに来なかったけど…何かあったんじゃねぇの？」
そう言えば、テスト前にここに来なくなってから先生とは教室以外で顔を合わせていなかった。
それも教室で会ったってプライベートな話をするわけもなく、ただ担任と生徒として授業とＨＲで会うだけだ。
落ち着いてこんな話をすることなんて、最近では久しくなかった気がする。
「そのことなんですけど…」
先生にも、色々迷惑をかけたし心配もしてもらったと思う。
精神的には協力してもらった気がするし、感謝してもし足りないくらいだ。
これまでのことと今日のタクミ先輩とのやりとりを聞いてもらおうと、私はこれまでは重かったはずの口を開いた。
ただし先生も急いで帰るところだったのだから、片づけを終えるまでの間…できるだけ手短に話す。
それでも先生は迷惑そうな表情を見せることもなく、時折相槌を打ちながら真剣な顔で耳を傾けてくれていた。
「…へぇ」
聞き終えた先生が漏らした第一声は、そんな感嘆だった。
「良かったな」
他人事のような呟きだったけれど、それでも真面目にそう思ってくれているのは伝わってくる。
「はい」
ニッコリ笑って答えると、先生もそんな私の表情を見てから微かに苦笑いを浮かべて見せた。
「この前までグズグズメソメソ言ってたのになぁ」
「ひどい先生！私そんなにメソメソしてません」
「どうだか」
言われて、うっと言葉に詰まってしまう。確かに、先生には泣き言を言ってばかりだった気がする。
「まぁでも、やっぱり収まるところに収まるってことか」
感心したように言いながら、先生は机の上の片づけを終えて鞄を手に立ち上がった。
それにつられるように私も準備室を出る為に、机に置いてあった鞄を持ち上げる。
「先生、ありがとうございました」
ペコリと改めて頭を下げると、先生は無言でこちらを見下ろした。
「……」
しばらく黙然と何かを思案するような表情を見せた後、「かわいい弟のためだからな」と苦笑いして言う。
そんな先生と一緒に数学準備室を後にし、出た廊下ですぐに別れた。
先生は、一旦職員室に戻るらしい。
私はというと、これ以外にタクミ先輩がいそうなところに心当たりもなくて、仕方なく昇降口の方へ向かうことにした。
真帆たちももう帰ってしまっただろうし、追いかけても無駄だろう。
ため息まじりに長い廊下を歩きながら、急ぐこともなくゆっくりとした足取りで歩みを進める。
そしてそのまま、廊下の一番端まで歩いていった時だった。
「…！」
階段にさしかかろうとしたところで、角を曲がった瞬間に誰かにぶつかった。
「ご、ごめんなさい」
ぶつけた鼻を手で抑えながら、私は顔を上げて相手を見やる。
その人物を両の目で確認してから、ドクンと大きく胸が跳ね上がるのを感じた。
「…白石さん」
ぶつかった相手は、あの白石和美さんだった。
Ａ組の…学年一の美人。そしてタクミ先輩に今朝告白したって人…。
浮かれていて今まで忘れていたけれど…体育の時間の彼女を見た時、どう見てもフラれたようには見えなかったんだったっけ…。
「ごめんね、ハルカちゃん。大丈夫？」
私より背の高い彼女は、こちらのように鼻をぶつけたりはしなかったようだ。
痛さで涙目になりそうになった私を気遣って、少し心配そうに声をかけてくれる。
コクコクと頷くと彼女は安心したように吐息を漏らして、ニッコリ笑った。
その笑顔に、やっぱりキレイな人だなぁと思わず見惚れてしまう。
こんな表情を向けられたら、男ならコロッと堕ちてしまうに違いない。
でも、タクミ先輩は確かに私に「好きだ」と言ってくれたはずだ。
それでも彼女がフラれたとしたら、こんなに明るい空気をまとっていられるだろうか…？
「じゃあね、ハルカちゃん」
ボーっと考えごとをしているうちに、白石さんはヒラヒラと手を振って私の横をすり抜けていった。
「……？」
思わず、眉を寄せて小首を傾げてしまう。
…理解できないことばかりだった。
「……」
白石さんが角を曲がってとうとうその後ろ姿が見えなくなるまで見送った後。
「…あれ？」
すぐ傍の階段から下りてきたらしい誰かが、私の後ろから声を降らせてきた。
「！」
すぐにその声の主に気づいて、私は勢いよく振り返る。
階段を下りてきながら、タクミ先輩は「まだ帰ってなかったんだ」と私を見下ろして言った。
「…タクミ先輩」
もう帰ってしまっているだろうとがっかりしていたところに、不意に会えて思わず驚いてしまう。
それでもその事実が嬉しくて、私は白石さんのことを一旦頭から追いやって頬が緩むのを感じた。
「友達と一緒じゃなかったの？」
私のところまで階段を下りてきて、先輩はこちらに目線を合わせて私につられるように笑ってみせる。
「…ちょっと、予定変更で…」
言葉を濁して曖昧に笑った私に、先輩は「そう」とそれ以上追求しようとはせず小さく頷いて返した。
「で、一人で帰るところ？」
尋ねられて、私はもう一度頷く。
「先輩を探してたんですけど…数学準備室にもいなかったから」
口ごもるように答えると、先輩は少しだけ目を丸くしてみせた。
そのリアクションに微かに首を傾げると、彼はふっと柔らかく笑う。
「電話かメールかしてくれれば良かったのに」
言われて、今度は私の方が大きく目を見開いた。
…そっか…。
もう気軽に電話やメールしてもいいんだ。
誰に遠慮するわけでもなく…自分がそうしたいと思った時に。
なんだか今朝までとの自分の境遇の違いを感じて、思わず浸ってしまう。
随分、この数時間で変わったなぁと思わされた。
「…どうかした？」
歩き出していた先輩が、一歩以上遅れ気味の私を振り返る。
「…え？」
聞き返した私に、先輩は唇の端を持ち上げて続けた。
「ボーっとしてる」
「え！」
浸りすぎて自分の世界に入りかけてしまっていた自分に気づき、慌てて私は大股で歩いて先輩に近づく。
隣に並んだ私を見てもう一度笑った先輩は、「そういえば」と言葉を継いだ。
「さっきも、階段の前でボーっとしてたみたいだったけど」
「…え」
「何かあった？」
…恐らく、白石さんの後ろ姿を見送っていた時だ。
それで瞬間的に思い出してしまった。
さっきまで、彼女の笑顔の意味がどんなものなのか…不安で仕方なかったことを。
「…さっき、そこで会ったんです」
黙っていたって仕方がない。
タクミ先輩本人に、聞いてみるしかないと思った。
この先疑問と不安を抱えたまま先輩と付き合っていくわけにもいかないし、それは何より本意じゃなかったから。
「誰に」と、先輩は聞き返さなかった。
…ただ、私が自分の言葉を紡ぎ終えるまで待ってくれているようだった。
小さく、深呼吸する。
それから私ははっきりと聞こえる声で続けた。
「白石さんに」
言い切ってから、私は鼓動が瞬時に早まるのを感じる。
先輩の反応を見るのが怖くて、胸がドキドキする。
先輩が、私にくれた言葉を嘘だとは思わない。
だけど白石さんがフラれた表情をしていたようには思えない。
…でも、先輩が二股をかけるような人にはもっと思えない。
つまり、それは……？
「……」
ゴクリと息を飲んで、私は恐る恐る先輩を上目遣いに見上げた。
そんな私と目が合った、彼の反応は…。
少し何かを考えるように瞬きを繰り返した後、小首を傾げてみせる。
それから、小さく呟いた。
「…『白石さん』って？」
「！？」
一番想像していなかったリアクションに、私は思わず目が零れ落ちそうなくらいに見開いてしまった。
…まさかとぼけられるとは思っていなかった。
…いや、先輩がとぼけるような人とも思えないから…実は素なんだろうか？
それか、白石さんの名前は知らなかった…とか。
一瞬で色々と考えたけれど、どれも考えて答えが出るものではない。
私は何故か力説するかのように拳を握り、「白石さんです！」ともう一度大きく声を上げて言った。
「うちの学年で一番美人って言われてる…」
「…『一番美人』っていうのは客観的には判断が難しいね」
「えぇっと…髪の毛が真っ黒の艶々ロングで…」
「………結構いない？そういう子」
…これは…本気でとぼけられているんだろうか。
本気で不安になってきて、私は更に両方の拳に力を込めて握った。
そして、言い逃れできない決定的な言葉を口にする。
「今朝、タクミ先輩に告白したって女の子です！」
言ってから、私は力をこめすぎていたのか脱力したように肩を落とした。
妙な緊張と不安から呼吸が難しかったらしく、息をするのも胸を大きく上下させる。
「……」
当のタクミ先輩の方はと言うと目を見開いて驚いたような顔をした後、何かを少し思案するように口元に手をやった。
そしてやがてまっすぐに私を見下ろしながら…「それ」と再び静かに口を開く。
「誰に聞いたの？」
「…誰にって……」
口ごもった私を見る先輩の目が、いつもより少し真剣味を帯びていた。
一真の名前を出していいものかどうか迷っていると、先輩は小さくため息を漏らす。
「聞くまでもないか。…柴田かな、そんなデマ吹き込むのは」
「…それは………って、えぇぇ！？」
一真のことをかばっておいた方がいいかもしれないと思って言い訳しようと思った私は、先輩の続いた最後の言葉に驚きの余り大声を上げてしまった。
反応するのが、余裕で一拍分遅れてしまった自覚がある。
「で、デマ…ですか？」
「デマだよ。俺は『白石さん』を知らないし、何より今朝誰にも告白なんてされてないし」
苦笑い気味に、先輩は肩を竦めて見せた。
その表情に…嘘はない、と思う。
それに何より、それがデマだとしたら白石さんがフラれたように見えなかったのも当たり前のことだと納得できる。
「第一、そんなにモテないし」
笑って続けた先輩は、そう言って再び廊下を歩き出す。
…でも、それは嘘だと思う。マナミ先輩と別れてから、タクミ先輩のことが気になっている子が多いのは私でもわかるから…。
「…なんだ…」
少し開いた距離を追いながら、私はホッと安堵の息を漏らした。
…それにしても…そうだとしたら、どうして一真はそんな嘘をついたりしたんだろう。
そんな嘘が一真にメリットをもたらすはずもないのに。
「私なんて、その話信じきって色々考え込んじゃったのに…」
独白のような呟きは、先輩にも聞こえたようだった。
肩越しに振り返った先輩と、再び目が合う。
それから、先輩はもう一度唇を持ち上げて笑ってみせた。
「そっか。じゃあ俺は柴田に感謝しないといけないかな」
返ってきた先輩の言葉に、私は少しだけ目を丸くする。
…確かに、白石さんの話を聞いて色々考えこんだおかげで…先輩の後を追いかける気になったんだっけ。
もしかしたら…あの理不尽大王様はそうなることもわかっていたのかもしれない。
私の性格が分かっていたからこその、嘘だったのだろうか。
「…私も、今回ばかりは大王様に感謝することにします」
「『大王様』？」
私の言葉にプッと噴き出して、先輩はそう復唱した。
「理不尽なことばっかり要求してくる大王様なんです」
言うと、先輩は珍しく本格的に声をたてて笑う。
その様子に、私はまたホッと胸を撫で下ろした。
先輩と一真の関係も…以前とは違う、少しは良い関係になっていくのを予感したからだ。
それは「予想」とか「期待」よりも…「確信」に近かった。
…まぁそもそも、この２人が険悪だったのは一方的に一真の方が敵視していたことに問題があったんだけれど…。
そうやって、確実に時間は流れている。
私たちの思いも関係も、確かに一つの結末を迎えようとしていた。
マナミ先輩だって、一真ともタクミ先輩とも…きっと新しい関係を築いていけるだろう。
それは今までの出来事の終着地点であるけれど、同時にこれからの私たちの始まりの場所でもあるんだ。
これだけのことを乗り越えてきて繋がり合う想いは、恋愛であろうと友情であろうと…きっと壊れることはないだろう。
「…また、ボーっとしてる」
数歩先を歩いていた先輩が、ふと振り返って笑っていた。
その声に我に返った私は、苦笑を浮かべて「すみません」と小さく謝る。
そんな私に、ゆっくり歩いていた為にさっきより開いてしまっていた距離の向こう側で…。
先輩が、「はい」と左手を差し出してきた。
「……」
放っておけば子どものようにどんどん離れていくと思われたのかもしれない。
それでも先輩が出してくれた手が嬉しくて、私は満面の笑顔でそれを握り返した。
繋いだ手は先輩の体温なのか少し冷たかったけれど、心の方はじんわりと温かくなっていく。
だから、不意にあの七夕の時につないだ手を思い出してしまった。
そうして、胸の奥で誓う。
あの日自分から離してしまったこの手を、私はきっとこの先何があっても離さないだろう…、と。