Short Berry Chocolate 2

「いらっしゃいませー」 間延びした店員の声の後、しばらくしてから自分の目の前に黒い影が落ちた。 それに気づいて顔を上げると、 約束の時間を１５分ほど過ぎたにも関わらず全く悪びれた様子のない相手が目に映る。 面倒くさくて責め立てることもせず、今日何度目かのコーヒーを口にした。 さきほどのカフェよりも苦味があって、こちらの方が自分好みだ。 そんなこちらの様子を横目でチラリと見やっただけで、相手は向かいの椅子に腰かける。 「ラズベリーパフェを、ひとつ」 オーダーを取りにきたウェイトレスにメニュ−すら見ずにそう注文して、 それからやっと「悪かったね」と遅れたことに対する謝罪を口にした。 「ちょっと、前の用事がたてこんでてね」 グレーのジャケットから煙草を取り出しながら、そう続ける。 「…別に、言い訳は聞きたくないけど」 「こちらも言い訳したいわけじゃないけど、しないよりはする方が一応の礼儀かと思ってさ」 軽く肩をすくめながら、男はライタ−に火をつけた。 それを煙草に移しながら、わずかに目を細める。 「で？預かってきてくれた？」 いつものことなので敢えてそんな問いをする必要はないと思うのだが、この男は毎回必ずそう聞いてくる。 もったいぶる趣味もないので、軽く頷いただけで上着のポケットに手をやった。 先刻、例の女装男から受け取った封筒を、向かいの男へ差し出す。 「ご苦労様」 長い指先で封筒の端をつまんで、そう言いながら男はそれを受け取った。 ちょうど「お待たせしました」とウェイトレスがパフェを持ってきた為、 互いに乗り出していた身を椅子の背もたれへ戻す。 「元気そうだった？」 封筒を手早くジャケットの内ポケットにしまい、続けてそう問われた。 聞かなくても誰のことかはわかる。 「相変わらず」とだけ、答えておいた。 その答えに満足そうに一つ頷くと、男はフォークを取り出してパフェの上に乗ったラズベリーを刺す。 そのまま口へ放り込み、さきほどのこちらの答えを反芻したのか、わずかに唇の端を持ち上げてみせた。 「それにしても、興味のなさそうな答えだね」 「何に？」 「『彼』に」 重ね合わせるような言葉の応酬。 ふん、と鼻であしらって、小首を傾げてみせた。 「実際に興味ないから」 短く答えると、今度は声をたてて笑われる。 からかわれているような気がして、わずかに眉を寄せて不快を示した。 「『…興味ない』か…」 こちらの答えを繰り返して、男は笑みを浮かべたまま眼鏡を押し上げる。 わずかに色の入ったそれのせいで、男の瞳が示す表情までは読み取れなかった。 「じゃあ、たとえばさっきの封筒の中身には？」 パフェにかけられたチョコレートが、バニラアイスと混じってマーブル状を描く。 それをスプーンで掬いながら、彼はそう重ねてこちらへ尋ねた。 「興味ないね。自分の役目はその中を見ることじゃなくて、あなたに『渡す』ことだから」 淡々と答えると、男は「そう」とだけ答える。 …意外にも、いつもの揶揄するような笑みは浮かべなかった。 だから、だろうか。 人を食ったような態度ばかりのくせに、そうでなかった時は調子が狂う。 気づくと、余計な言葉を足してしまっていた。 「どっちかって言うと、今興味があるのは…」 続けたこちらの言葉に、男は目線を上げる。 ラズベリーとアイスを口に運びながら、先を促すように続きを待った。 「なんであなたたちが口裏合わせたかのように同じようなもの食べてるのかってことの方かな」 男にとっては、意外な言葉だったらしい。 そう来るとは思わなかったらしく、一瞬目をみはった後、彼は大きな声をたてて笑った。

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